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2016年4月12日火曜日

マウイ島(2) リンドバーグの墓 Maui Island (2) The Grave of Lindbergh


部屋に立ち寄ってから、ハナに来た目的であるリンドバーグの墓に向かいました。ところがは入り口がわからず、こんな道のところまできて(地図5)通り過ぎたと思い、死ぬ思いでUターンして戻ります。

人のうちに入り込んで、たまたまとおりかかっつたその家の住人に聞いて入り口がわかりましたが、この狭い道を必死に運転しているドライバーに発見できる標識ではありません。しかも標識はリンドバーグの墓ではなく、パラパラ・ホオマウ教会という標識です。(地図3)


小さな教会でした。



広い庭に彼の墓地はありました。ハナの住人だったというそこにいた女性に聞いたのですが、その辺にあるのではないですかとの返事です。広い庭の大きな樹の下にありました。


私が近くに落ちているプリメイラを供えていると、彼女も寄ってきて花を供えてくれました。
なぜ私がこんな不便なところまで彼の墓参に来たかったかというと、英雄になった彼が、72歳で悪性リンパ腫にかかり余命いくばくもないと知り、別荘のあったハナに帰りたいといったとき、ニューヨークの大病院の医師は当然のごとく反対しました。それに対するリンドバーグの言葉は、「これは医学の問題ではなく、哲学の問題だ」「ニューヨークで二か月生きるより、ハナの一か月ほうがいい」と言ってハナに来て八日後に葬儀や埋葬の指示をして死んだそうです。これになぜか強く惹かれどうしてもハナに来たかったのです。

そして、墓碑には聖書の詩編139からの一節が刻まれています。「もし、曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも」 この文は大西洋を横断してパリに行き着いた自分を象徴した言葉のようですが、詩編のこれに続く言葉は「あなたはそこにいまし 御手をもってわたしを導き 右の御手をもって私をとらえてくださる」という言葉です。パリに行けたのも、ハナで死ぬのも「あなたの導き」と私は読みました。
余談ですが、私の和英対照聖書の英文は「もし私が飛び去って東のかなたか西のかなたに住もうとも」となっていて、墓碑の英文はキング・ジェームス聖書から引かれています。


この教会には、墓といってこの程度のものがあるだけです。


「ハセガワ・ジェナラル・ストアーにはなんでもあるよ」、という歌で有名になったそうな店のお客にBコース(南回り)の道の状況を聞きました。「東京からリンドバーグの墓を訪ねてきた」と言う言葉が効いたのかとても友好的に教えてくれました。「普通の車で楽に通れる」「普通なら3時間、運転のうまい人なら2時間で行ける」とのこと。


ロッジに戻っても何にもないので、丘の中腹のレストランで夕食を取りました。ハワイの田舎の雰囲気いっぱいの店です。

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